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東京地方裁判所 平成3年(ワ)13081号 判決 1992年12月18日

原告

株式会社不二エステート

右代表者代表取締役

菊山壽夫

右訴訟代理人弁護士

浦田武知

米里秀也

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

渡邊和義

外二名

主文

一  被告は、原告に対し、二二九三万〇六九八円及びこれに対する平成二年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三億三五五〇万円及びこれに対する平成元年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、土地の登記簿原本が偽造され偽造された内容通りの権利関係があるものとして、土地を担保とする融資名下に金員を騙取された原告が、右偽造は、登記官の登記簿閲覧監視義務違反に基づくものであり、その結果、原告は右騙取された金員相当額の損害を被ったとして、国に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を求めた事案である。

一証拠上明らかな事実(原告の詐欺被害など)

1  原告は、資本金二〇〇〇万円、昭和五〇年に設立された、社員一〇名位、年商約五〇億円の、土地建物の売買、賃貸借及びその仲介、不動産の管理並びに不動産を担保とする金銭の貸付等を業とする会社であるが、平成元年一月末ころ、当時の原告代表者であった中島篤徳は、旧知の訴外玉谷守を通じ、「小澤喜美雄」と自称する訴外佐藤昭平(以下「佐藤」もしくは『「小沢」』という。)と「小泉久男」と自称する訴外飯田芳丈(以下「飯田」もしくは『「小泉」』という。)の両名に対し、右「小澤」の所有するという東京都練馬区高松五丁目四七四二番九所在の宅地790.85平方メートル(本件土地)を担保として三億五〇〇〇万円の融資を依頼された。そこで、中島が、本件土地の価格を調査させたところ、更地で時価七億五〇〇〇万円位の価値があるとの報告を受け、右融資依頼に応じてもよいと考え、玉谷にその旨返答した。同年二月八日、玉谷の案内で「小澤」、「小泉」が原告を訪れ、中島及び原告の当時の部長角が、玉谷同席で右両名と融資の交渉をした。

「小澤」らは、後記のとおり金員騙取の目的で予め本件土地の登記簿原本を偽造していたもので、これに基づく内容偽造の本件土地の登記簿謄本、実測図、公図などを持参し、また、「小澤」は和装小物卸販売、きもの装美代表の肩書きのついた、「小泉」は呉服全般卸販売、装栄代表の肩書きの付いた、同人らがあたかも右肩書きの業務に従事しているかのようなこれまた同人らが詐欺目的で作った名刺を中島に交付した。右持参した登記簿謄本には、いずれも偽造にかかる、その甲区三番欄に、甲区二番付記一号欄の所有権者株式会社雅香岡田の弐番登記名義人表示変更登記に続き、「昭和六弐年弐月壱参日受付 第壱四参九五号 原因 昭和六弐年弐月壱参日 売買 所有者渋谷区道玄坂弐丁目壱六番参号 日東建設株式会社」なる記載、さらに続けて同四番欄には「昭和六弐年壱壱月弐五日受付第五六参弐四号原因 昭和六弐年壱壱月弐参日 売買 所有者 浦和市神明弐丁目壱弐番参号 小澤喜美雄」なる記載とそれぞれにつき登記官荒川名義の印影があり、また、乙区六番欄には、乙区五番欄の極度額三億八〇〇〇万円、債務者株式会社岡田、根抵当権者株式会社三菱銀行の根抵当権設定登記に続き「昭和六弐年弐月壱参日受付第壱四参九四号 原因 昭和六弐年弐月壱参日 解除」なる記載及び登記官荒川名義の印影があった(これらの記載及び印影を併せて以下「本件不正記載」という。)ので、よもや偽造されているとは知らない中島らは、「小澤」が本件土地の所有者であることに疑念も持たず、かつ、本件土地は抵当権等の設定もなく、前記の調査結果などから担保価値の十分な土地と判断した。また、「小澤」らは、融資依頼の目的等について、着物業者五者で京都に着物会館を建設するが、資金として三億五〇〇〇万円が必要であり、その資金造のため「小澤」が所有の本件土地を担保に提供することになった、六か月後に一括弁済するが、それが駄目なときは本件土地を売却して返済するなどと虚偽の説明をし、中島らはこの説明についても格別の疑いを持たず、「小澤」らの求めに応じ、三億五〇〇〇万円を、六月後の返済、利息年7.2パーセント、利息は先払いの約束で融資することとし、同月一〇日が大安であることからその実行日と決めた。そして、同日、原告の社長室に、中島、角、福田司法書士、「小澤」らが参集し、原告と「小澤」らとの間で、原告を貸主、「小澤」を借主とする概ね右内容の消費貸借契約(本件融資)及び本件土地についての抵当権設定契約を締結して契約書を取り交わし、中島らは、「小澤」らの持参した同様偽造にかかる本件土地の登記済権利証、小澤名義の印鑑証明書等抵当権設定登記の必要書類と引換えに、先払い分の利息等を控除した住友銀行芝支店長振出の金額合計三億三五五〇万円の小切手(いわゆる預手)二通を「小澤」らに交付し、同日右小切手は同人らにより換金され、このようにして、同人らは右金員を騙取した(<書証番号略>)。

2  原告は、司法書士佐藤和廣に抵当権設定登記手続を委任し、右佐藤が本件土地の登記を管轄する東京法務局練馬出張所(本件登記所)に抵当権設定登記申請をしたところ、本件登記所の事務担当者が、申請書に添付されている権利者小澤喜美雄の所有権移転登記済権利証に押してある登記済印に不審を抱き、登記原簿を調査したことにより、本件不正記載が偽造されていることが分かり、本件登記所において本件不正記載を職権で抹消、改記した(<書証番号略>、証人須藤)。

二争点

(原告の主張)

1 登記官の過失

本件登記所の登記官は、登記簿の閲覧に際し閲覧室を監視する等、登記用紙の持ち出し、記入、改竄の防止に十分な注意を払うべき義務を有していたところ、本件土地の登記簿の閲覧について十分な監視を怠った過失があり、その結果本件不正記載がなされた。右義務を尽くしておれば、本件不正記載は防止できたはずである。

2 損害及び因果関係

原告は、小澤喜美雄を権利者とする偽造された本件不正記載及びこれに基づいて作成された本件土地の登記簿謄本の記載を真実であると信じ、小澤喜美雄を自称する人物を権利者と誤信して三億三五五〇万円を騙取され、同額の損害を被ったのであり、登記官の過失と原告の損害の間には相当因果関係がある。

(被告の主張)

被告は、本件登記所の登記官は、当時の具体的な職務の実情に照らし、社会通念上要求される十分な監視態勢をとっていたとして登記官の過失の有無を争い、また、過失と損害との因果関係を争うとともに、仮に被告の損害賠償責任が肯定されるとしても、原告には本件損害につき金融業者としての注意義務を怠った過失があるから、過失相殺されるべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一監視義務違反について

1  登記官の注意義務

登記事務は、国家が行う公証行為であり、右登記事務を担当する登記官は国の公権力の行使にあたる公務員である。その職務遂行にあたっては、「登記官ハ登記用紙ノ脱落ノ防止其他登記簿ノ保管ニ付キ常時注意スベシ」(不動産登記法施行細則九条)とされ、登記を閲覧させる場合は、「登記簿若クハ其附属書類又ハ地図若クハ建物所在図ノ閲覧ハ登記官ノ面前ニ於テ為サシムヘシ」(同細則三十七条)と、また、不動産登記事務取扱手続準則(昭和五二年九月三日法務省民三第四四七三号民事局長通達)二一二条には、登記簿若しくはその附属書類又は地図若しくは建物所在図を閲覧させる場合には、次の各号に留意しなければならないとして、登記用紙又は図面の枚数を確認する等その抜取、脱落の防止に努めること、登記用紙又は図面の汚損、記入および改ざんの防止に厳重に注意すること等とそれぞれ規定されている。

これらの規定と現実の取引会社において不動産登記簿謄本、抄本が信用性の高い資料として国民の信頼の対象となっており、不動産登記制度が不動産の取引の安全を図る上で重要な役割を果たしていることを考え併せるならば、登記官には、登記簿を閲覧させるにあたり、登記用紙の抜取り、持ち出し等により不正記入がなされないよう厳重に監視すべき職務上の注意義務があるといわなければならない。

そして右監視義務が尽くされていたのか否かを判断するにあたっては、当該不正行為の具体的内容を前提として、個別的、具体的な状況の下でそれを防止するための最善、適切な監視措置が採られていたのか否かを検討する必要がある。

2  本件不正記載の作出

前記飯田らはいわゆる地面師と呼ばれる詐欺師らであり、本件土地を利用して金員を騙取することを企て、平成元年二月四日(土曜日)午前一〇時ころ、前記飯田、佐藤及び訴外竹本潔の三名が本件登記所へ行き、飯田と竹本がそれぞれ偽名を用いて、本件土地の登記簿と同じ登記簿冊(簿冊はバインダーにより綴られている。一簿冊で五〇筆程度の登記原本が綴じられ、厚さは四、五センチである。)に編綴されている練馬区高松五丁目四七四二番七の土地を含む六件の土地の登記簿と公図五枚の閲覧申請をし、公図のコピー五枚と登記簿冊六冊を係官から受けとった。三名は閲覧室の三人掛けの座席のうち、飯田と竹本が係官から死角になるように最も遠い最後部の席に座り、佐藤がその斜め前の席に座って、それぞれ登記簿を閲覧するふりをしながら係官や周囲の様子を窺い、飯田と竹本は本件土地の登記簿が編綴されている登記簿冊一冊(本件簿冊)をテーブル上に置き、他の簿冊をその前に壁のように立てて周りから見えないようにして、竹本が飯田の横に立っている間に飯田が予め足元に置いていたアタッシュケースをテーブルの上に置き、本件簿冊を公図で包み込むようにしながらアタッシュケースの中に入れた後、アタッシュケースを再び足元に置いた。そして数分周囲の様子を見たあと、竹本がアタッシュケースを持って外に出、飯田は他の登記簿冊を返却して佐藤と一緒に外に出た。同人らが外に出たのは同日の午前一一時頃である。飯田らは、このようにして持出した本件簿冊から本件土地の登記簿原本をはずし、同月四日から五日にかけて、情を知らない第三者をして、右原本に本件不正記載をタイプさせてこれを偽造し、また、偽造した本件不正記載と整合するように登記簿中の他の登記の日付等を右同様タイプさせて若干改竄したうえ、それを再び本件簿冊にもとどおり綴り込んだ。そして、同月六日午前一〇時ころ本件登記所に赴き、偽名で四物件の登記簿閲覧申請をし、閲覧室で閲覧するふりをしながらアタッシュケースから本件簿冊を出し、その日閲覧した登記簿冊に紛れ込ませて午前一一時ころ返却台に返却し、それに続いて、竹中が本件土地を含む三筆の土地の登記簿謄本各二通を申請し、偽造された本件土地の登記簿原本による登記簿謄本を入手して、それを「小澤」こと佐藤らが前記のとおり同月八日原告に持参し、かつ、同月一〇日には予め作成しておいたいずれも偽造の小澤喜美雄名義の登記済証、同人の印鑑証明書などを持参して、これらの書類があたかも真実の記載であるかのように装って原告を騙して、前記のとおり消費貸借契約、抵当権設定契約を締結させて、原告より前記の金員を騙取した(前掲証拠<書証番号略>、証人須藤昇敝)。

3  本件登記所の閲覧監視態勢など

(一) 本件登記所の事務の状況

平成元年二月当時、本件登記所には統括登記官(所長)の須藤を含め二八名(うち登記官八名)の職員が配置され、そのうち五名(うち登記官一名)が登記簿謄抄本の交付申請、閲覧申請及び各種証明等事件(乙号事件)を担当し、それを賃金職員五名、民事法務協会職員八名が補助していた。

他方、本件登記所の乙号事件数は、昭和六三年度で二二八万六四七九件(うち閲覧申請事件数は八七万六八四〇件)、平成元年度で二四〇万六八五二件(うち閲覧申請九一万六一一五件)であり、平成元年度の閲覧申請事件は一日当たり三五一〇件に達していた(ただし、昭和六四年一月一日から第二、第四土曜日が閉庁になったので、年間二六一日として計算)。また、一日のうちでは午前一〇時から同一一時三〇分、午後一時から同四時の時間帯に事件が集中し、週のうちでは土曜日が、不動産業者、司法書士に加え一般の者も来ることが多いうえに職員が交替で休むため、平常日より繁忙であった。本件登記所所轄の練馬区内には農地が多かったところ、当時の地価高騰等により宅地化が急速に進む状況があり、右のとおり本件登記所は取扱事件数が他の法務局出張所と比べても多い超繁忙庁であったが、職員増員は定員配分の関係もあり、実現できず、右の職員らで事務を遂行せざるを得ない状況にあった(<書証番号略>、証人須藤)。

(二) 平成元年二月当時の本件登記所の不正行為防止措置など

① 本件登記所の閲覧席は二階事務室に設けられている。同事務室には、他に申請人待合室、書庫、各種受付け等があり、閲覧席は事務室西側の通路に接して、事務室のほぼ中央に位置し、北側の待合室受付けカウンターとカウンターの間が閲覧席への通路となっている。閲覧席西側は受取カウンター、返却台となっており、西より東に一七台の閲覧用机が五列(四台が二列、三台三列)に並べられ、各机には三個の丸椅子が備えられて、最大五一人が着席できるようになっている。閲覧者が心理的に不正行為をしにくいように、また、職員による閲覧監視を容易にするために、閲覧席近くにそれを囲むように南側に統括登記官席、法人担当係員席、北側に表示担当係員席が配置されている。

② 二階事務室に申請人用のロッカーを置き、申請人の鞄、手荷物をロッカーに入れ、閲覧席に持ち込まないよう協力を求めていた。受付係あるいはその他の職員が、持込みに気がついた都度、口頭で協力を求めるようにしていたが、現実には全員には目が行き届かない上、ロッカーが狭いことや、面倒がって、申請人のうち多くの者は、ロッカーを利用しないで鞄等を閲覧席に持ち込んでいた。鞄等の閲覧席への持ち込みを禁止し、ロッカーの利用を呼び掛ける掲示等は特に行っていなかった。

右に関連して、職員がトイレ等に立つ際には閲覧席を巡回して通り、閲覧席の机の上に鞄やコートを置いたまま閲覧している者に対してそれらを机の下に置くよう指示していた。

③ 司法書士事務所職員や官公署職員等、本件登記所にふだんから出入りしその身元が判明して信用できる者が閲覧申請をしてきた場合には、閲覧席のうち奥の座席(東側通路に接する側の座席)を利用するよう協力を求め、一般の申請人は監視が容易な前方座席を利用させるよう工夫していた。

④ 事件数が多く閲覧申請から閲覧までの申請人の待ち時間が少なくて二〇分、多いときは一時間前後にもなるという状況にあったため、閲覧後返却された登記簿冊について、返却時に編綴されている登記簿の点検及び貸出簿冊数と返却簿冊数の照合を行う時間的及び人的余裕が十分になく、特に繁忙時には確認のないまま書庫に戻され、又は次の閲覧に供されていた。

終業退庁時には、各係に分散している登記簿冊を台車(運搬車)ごとまとめて書庫に格納して、事務室内に登記簿冊を置いたまま退庁することのないようにしていたものの、登記簿冊を書庫内の所定の位置に戻す等して欠落簿冊がないことを確認する作業はなされていなかった。

以上の事実は証拠(<書証番号略>、証人須藤)により認める。

4  結論

本件不正行為は、閲覧申請を装い、本件簿冊をアタッシュケースに入れて持ち出し、その後、他の登記簿冊に紛れさせて本件簿冊を戻すという形で行われたものであり、アタッシュケース等の閲覧席への持込みを禁止すること及び欠落している登記簿冊がないことの確認(貸出簿冊と返却簿冊の照合など)が十分に行われていれば、本件不正行為を防止することは可能であったものと認められる。当時の人的・物理的制約を考慮しても、本件登記所においては、前記3(二)①ないし④に挙げた措置のみならず、閲覧席への鞄等の持込みを禁止しロッカーの使用を求める旨を登記所内に掲示すること、閲覧席に鞄等を持ち込んでいる者を発見した場合には、鞄を机の下に置くよう指示するのではなく、ロッカーを使用するよう求めること、簿冊返却時には貸出簿冊と返却簿冊を照合し、また、終業時にはそれぞれ手元にある登記簿冊数と書庫内の簿冊数を照合、確認するなど閲覧者の不正行為を物理的・心理的に防止するための監視措置を取ることは可能であったものと考えられるから、本件登記所の登記官において前認定のとおり右のような措置を講じていなかった以上、閲覧監視義務を尽くさなかった過失があるといわざるを得ない。確かに、本件登記所が超繁忙庁であり、本件不正行為が特に繁忙を極める土曜日の午前一〇時頃に行われたことを考慮すると、時間的、物理的制約の下で、右確認あるいは禁止を徹底させることは一面難きを強いる面があることを否定できないが、前記のとおり登記制度が不動産取引に果たすべきあるいは現実に果たしている役割を考慮すると、なお、右過失があることを否定できない。

従って、被告は国家賠償法に基づき後記原告の損害を賠償する責任がある。

二原告の損害

1  原告は、前記のとおり、平成元年二月一〇日、「小澤」に額面合計三億三五五〇万円の小切手二枚を交付し右小切手が同日換金されたことによって、同額の損害を被った。

2  原告は、本件詐欺行為に関わった訴外島津洋行らから、被害弁償のため、平成元年二月二一日、同月二二日、同月二七日の三回に分けて、それぞれ三〇〇万円、二〇〇万円、二〇〇万円の合計七〇〇万円を受け取った(<書証番号略>)。また、同二年一一月二〇日、前記飯田から損害賠償金として六〇〇万円を受け取った(弁論の全趣旨)。

三登記官の過失と原告の損害の因果関係

本件では、前記判示のとおり、登記官の過失により実体上の権利を伴わない不実の登記が生じ、原告は、真実は権利を有しない登記名義人を真の所有者と誤信して本件土地を担保として金員を貸し付けて損害を被ったものであり、その損害は、もし登記官が注意義務を尽くし偽造を看過しなかったならば発生しなかったものであるから、登記官の過失と原告の損害との間には相当因果関係がある。

被告は、原告は登記名義人でない小澤を自称する佐藤を登記名義人と誤認して損害を被ったに過ぎないから相当因果関係がないと主張する。しかし、前記の経過で小澤名義の偽造の登記が作出され、その結果、原告は、小澤を名乗る佐藤を真実の権利者と信じて金員を貸し付け損害を被ったものであり(佐藤を小澤と信じただけで金員を貸し付けたものではない。)、右偽造について登記官に過失のある以上、右損害との間に相当因果関係のあることは明らかである。

四過失相殺

1  原告の過失

(一) 原告は、本件土地について、前記のとおり知人を通じて融資依頼があったときに、その時価を調査させただけで、本件土地の権利関係などについては何も調査せず、「小澤」らが示した偽造原本に基づく登記簿謄本の記載をそのまま信用し、登記簿上小澤喜美雄の前所有者とされている「日東建設株式会社」対する所有権移転の事実や抹消されている抵当権等のうち、最終のものである極度額三億八〇〇〇万円の根抵当権についても、根抵当権者である訴外三菱銀行に対して抵当権消滅の事実などを全く確認していない(<書証番号略>)。

本件土地の担保価値を把握する上で直前の根抵当権(しかも極度額が前記原告の調査による本件土地の時価七億五〇〇〇万円の二分の一を超える。)が真実消滅しているかどうかは、本件のように三億五〇〇〇万円もの高額な融資をする場合、融資者としては当然関心を抱くべきことであり、本件の場合、根抵当権者である三菱銀行に確認すれば、消滅していないことは容易に知り得たものである。

また、登記簿謄本の「日東建設株式会社」の記載は前記のとおり偽造であり、<書証番号略>によれば、この会社は現実には存在しない架空のものであって、飯田らはこの会社名で受信専用電話を契約し、右所有権移転の確認に備えていたことが認められるが、架空会社であるから、所轄の登記所を調査するなどすれば、右会社の存在に問題のあることをこれまた容易に発見できたものと思われる。

(二) 同様に、「小澤」と名乗る者が、登記名義人である「小澤」本人であるかどうか確認するために、免許証や住民票の提出を求める等の本人確認の措置を何らとっておらず、同人らから交付された名刺の肩書きをそのまま信用して、これについても何の確認の方法も講じていない(<書証番号略>)。

(<書証番号略>などによれば、小澤喜美雄は実在の人物であり、飯田らが同人の住所を勝手に移動して、同人名義の登記を偽造したものであるが、同人は原告が本件被害に遭う前に、右移動を知りこれを戻していることが認められ、この事実によれば、原告が右のような方法で確認を求めた場合、飯田らとしては応対に苦慮したであろうし、また、原告において登記簿謄本の小澤の住所地において同人の所在を確認するなどすれば、小澤喜美雄なる人物に当然疑いを抱いたものと思われる。また、飯田らが真実呉服商を営んでいるかどうかも、同業者を調査することによりさしたる困難なく確認できる事柄である。

(三) 更に、前記のとおり本件融資を求める理由についても、着物業者五社で京都に着物会館を建設することになり、その資金捻出のため「小澤」が所有している土地を担保に三億五〇〇〇万円の借入をしたいという「小澤」らの説明をそのままう呑みにし、返済についても、単に、融資の六か月後に一括弁済といいながら、他方、返済ができない場合には本件土地を売却するという「小澤」らの説明を聞いただけで、右以上に、建設する会館の規模や建築総代金、「小澤」ら以外の業者の氏名、半年後の弁済についての具体的な資金計画など一切尋ねていないし(もし「小澤」らに本件土地売却以外の具体的な返済の目処がないのであれば、遅くとも六か月後には本件土地を売却せざるを得ないことになるのであるから、着物会館建設資金捻出のために本件土地の処分もやむを得ないと考えている者の態度としては、本件土地を担保にして融資を受け、抵当権を設定し、その六か月後に土地を売却して返済するよりも、はじめから土地を売却して資金を作る方が費用の面からも有利なはずであり、その意味では、「小澤」らの話には不合理な点があるにもかかわらず、原告はこれを質していない。)、また、「小澤」らの持参した本件土地の登記簿謄本の記載によれば、本件土地は何ら担保のついていない土地であり、原告の調査によれば時価七億五〇〇〇万円ということであるから、これを担保に三億五〇〇〇万の融資を受けるのであればまず銀行融資を受けるのが普通であるのに、これが受けられない理由を確認していない(<書証番号略>)。

2 以上によれば、原告の規模からしても三億五〇〇〇万円という相当高額な資金を、旧知の者を通じての依頼とはいえ、初めての取引相手に対する融資にもかかわらず、本件融資にあたって原告がなしたことは、本件土地の時価を調査しただけといっても過言でなく、専ら「小澤」らの話をそのまま信用して、同人らに会った即日(平成元年二月八日)融資を決め、わずか二日後には融資を実行し、本件被害に遭ったものである。要するに、本件土地の担保価値のあることに気を許し、他のことには一切関心を払わなかったとしかいいようがない。原告は金融業者であり、金融業者として貸付けにあたり通常払うべきいわば初歩的な確認作業(所有権移転、抵当権抹消の確認、「小澤」らの身分、同人らの話の合理性あるいは裏付の確認)を講じておれば、本件被害は防止できたものと考えられる。原告は金融業者として通常払うべき注意を著しく欠いたものといわざるを得ず、右過失を斟酌すれば、被告国に負わせるべき賠償額は、原告の被った損害の一割とするのが相当である。

五まとめ

以上によれば、原告の損害のうち被告が負担すべき損害額は三三五五万円であるところ、原告は前記二2判示の金員を受領しており、これは損害の填補と認められるから、各受領時までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金と被告の賠償すべき損害に順次充当して控除すると最後の受領時である平成二年一一月二〇日における賠償額元本は二二九三万〇六九八円となるので、本訴請求は主文一項の限度で理由がある。なお、原告は仮執行宣言を求めているが、被告が国であることを考慮すれば、仮執行宣言を付する必要はないものと考える。

(裁判長裁判官小田泰機 裁判官古田浩 裁判官河本晶子)

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